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神戸地方裁判所 昭和46年(行ウ)24号 判決

原告 東洋観光株式会社

被告 尼崎税務署長

訴訟代理人 陶山博生 森修三 河口進 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一  被告が原告に対し昭和四五年六月二六日付でした原告の昭和四四年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度分法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨

第二原告の主張

(請求原因)

一  原告はキヤバレー、アルサロ等の営業を目的とする株式会社であるが、昭和四四年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度(本件事業年度という。)の法人税について、租税特別措置法(昭和四五年法律第五号による改正前のもの。以下措置法という。)六四条一項二号の規定による課税の特例の適用を求めて、訴外大阪市が施行者として行なつた大阪市都市計画事業に伴う用地買収に関連して後記物件を原告が譲渡したため、その資産買取りによる対価に相当する金額をもつて取得した代替資産の帳簿価額圧縮損算入限度額一九五、二四七、三八八円を損害に計上し、また同法六四条の二の規定による課税の特例に従い特別勘定として経理した金額に相当する三二、九二八、六〇一円を損金に計上したうえ、同法所定の明細書を添付して、所得金額を三九、三八六、二八八円、税額を一二、八三七、三七〇円とする確定申告をした。ところが、被告は、原告の圧縮損算入限度額のうちの九〇、六〇二、四七二円と特別勘定として経理した三二、九二七、六〇一円全額の各損金計上を否認し、これを原告の申告所得金額に加算して、昭和四五年六月二六日付で原告に対し、所得金額を一六二、九一六、三六一円、税額を五六、〇九五、〇一〇円とする更正処分及び過少申告加算税二、三五八、三〇〇円の賦課決定処分(以下右各処分を本件更正処分という。)をした。

二  これに対し、原告は、本件更正処分を不服として、その選択により、異議申立てをしないで、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、昭和四六年五月一日付をもつて棄却の裁決がなされ、その頃裁決書謄本の送付を受けた。

三  しかしながら、本件更正処分には、措置法の解釈適用を誤つて原告の損金計上を否認した違法があるから、その取消しを求める。

(被告主張に対する認否並びに反論)

被告主張の事実中、原告が大阪市北区曽根崎上一丁目二五番の六外三筆の宅地実測面積一八九・九七平方メートル(以下本件土地という。)を所有し、かつ右土地とその隣接地上に鉄筋コンクリート造四階建店舗床面積一二〇七・五六平方メートル(内本件土地上の部分約四二〇平方メートル)及び鉄骨造ブロツク二階建店舗他一棟床面積一二九・七五平方メートル(以下右各建物を本件建物といい、本件土地上の部分を本件建物部分という。)を所有して被告主張の営業を営んでいたこと、被告主張の公共事業用地のために本件土地が大阪市による買取りの対象とされ、種々折衝の末、原告と大阪市との間で被告主張の各契約が締結され原告が大阪市より被告主張の日に合計二八九、九三〇、一〇六円の支払いを受けたこと、被買取り資産の譲渡直前における帳簿価額が被告主張の金額であることは認めるが、大阪市による買取りの対象が本件土地のみであり、かつ原告が受領した右金員の内訳が被告主張ごときものである点は否認し、その余の主張は争う。

原告と大阪市との交渉では、本件土地のみならず本件建物部分その他右建物内什器備品、設備造作等一切の本件土地上の物件を一括して大阪市に譲渡することを前提とし、大阪市が補償項目の細目にはふれず総額でいくらの補償金を支払うかの折衝が重ねられたのであり、その結果時価による譲渡代金として前記支払額の決定をみたものである。従つて、その名義はどうであれ、右支払額の全額が措置法六四条一項二号所定の資産買取りの対価に該当するというべきである。このことは、次の点から明らかである。すなわち、公共用地の取得に伴う損失補償基準を定めた昭和三七年六月二九日閣議決定(昭和四二年一二月二三日改正)の基準要綱(以下基準要綱という。)七条及び八条によれば、土地についての損失補償は正常な取引価格によるべきものとされているところ、大阪市との契約締結時である昭和四四年一月二四日当時における本件土地の時価は三・三平方メートル当り三一〇万円を下らないから、被告主張の内訳に従い本件土地の売買代金が六八、〇一二、四〇六円すなわち、三・三平方メートル当り一二〇万円だとすれば客観的な時価に比して著しく低廉な損失補償となつて不合理である。のみならず、被告主張の買取価格、補償金の明細は、大阪市が前記契約成立後に専らその内部的な事情から一方的な振り分けを行なつたに過ぎないから、原告がこれに拘東されるいわれはない。

なお、原告は、大阪市から支払いを受けた前記譲渡代金をもつて本件事業年度内に一九五、二四七、三八八円の代替資産を購入し、翌事業年度に三二、九二七、六〇一円の代替資産の購入を予定したので、右予定額を前記特別勘定繰入損に計上したものである。

第三被告の主張

(請求原因に対する認否)

原告主張の請求原因一、二の各事実は認める。同三の主張は争う。

(被告の主張)

一  本件更正等処分の適法性

(一) 原告は、本件土地を所有し、かつ右土地とその隣接地上に本件建物を所有してキヤバレー「ゴールデン曽根崎」の営業をしていたところ、大阪市を施行者とする大阪市都市計画事業御堂筋線の建設に伴う用地買収の一環として、本件土地が大阪市に買取られ、それに伴つて本件建物部分等を移転して右土地から立退くこととなつた。そこで、大阪市経理局用地部計画用地第三課において、原告から提出された建物等の専用者申告書移転を要する営業所の損益に関する申告書(法人決算書)等に検討を加え、政府の基準要綱及び「大阪市の事業用地取得に伴う損失補償基準」(以下補償基準という。)に則り、各補償項目ごとに適正に算定し、その内容及び金額を原告代表者、原告の職員及び関与税理士井内昭二に明示して数度にわたる交渉を重ねた結果、昭和四四年一月二四日大阪市の代理人である株式会社大阪市開発公社と原告との間で、大阪市が原告に左記内訳及び内容によ与売買代金等合計二八九、九三〇、一〇六円を支払うこと等を内容とする本件土地の売買契約並びに本件建物部分の移転立退契約の二箇の契約を締結するに至つた。

(1) 土地売買代金六八、〇一二、四〇六円

これは、政府の基準要綱等に従い適正に算定された本件土地の正常な取引価格である。なお、本件土地上の物件については譲渡の対象とされていない。

(2) 建物移転費用補償金九八、三五六、三〇〇円

公共事業用地の収用に代わる買取りに伴いその地上に存する建物を移転するのに通常必要と認められる費用の補償としては、原則として右用地上にある部分だけの補償で足りるのであるが、土地買取りによつて建物等が分割されることとなり、従来の用法による利用価値を失い、全部を移転しなければ建物を従前の目的に供することが困難となる場合には、建物の所有者の請求により、全部についての移転料を補償することができることとなつている(基準要綱二四条一項)。そこで大阪市は、原告の請求に基づいき、本件建物全部の移転料の補償をすることとし、本件建物全部を取り壊わすと仮定して、移転立退契約の日現在における価額を、当該建物と同種同規模の再取得価額より当該建物の経過年数に応ずる相当の減損額(減価償却費)を控除して算出したうえ、本件補償金を算定したものである。なお、建物と一体となつている付属設備の移転料もこれに含まれている。

(3) 動産移転費用補償金一、一五五、〇〇〇円

これは、本件土地が買取られることに伴い、移転を要することとなつた商品、什器備品等の土地建物に定着しない物件の移転に必要な費用(基準要綱二七条)について、移転立退契約締結の日現在における営業面積(本件土地及び隣接地上にわたつて存する建物の面積)を基準として算定したものである。

(4) 仮住居費用補償金七、八四一、六〇〇円

これは、建物の移転期間中(鉄筋コンクリート造の場合六ないし八か月)の従業員の仮住居の費用及び移転を要する動産の保管等に通常要する費用の補償である(基準要綱二八条)。

(5) 収益補償金三二、五九一、三〇〇円

これは、前記建物移転期間中は通常営業を一時休止する必要があるので、右期間中の建物全部における営業上の収益(売上金額ではない)の減少に対する補償金である(基準要綱三二条二号)。

(6) 経費補償金七九、七八〇、二〇〇円

これは、前記建物移転期間中の営業用資産に対する公租公課、減価償却費、維持管理費等の固定的経費及び従業員に対する休業手当額の補償である(基準要綱三二条一号)。

(7) その他の移転補償金二、一九三、三〇〇円

これは、以上のいずれの項目にも該当しない、建物の移転に伴い通常生ずる雑費的な費用の補償である。

(二) そして、原告は、前記売買代金等につき、大阪市から、同年二月一〇日に一一〇、九五八、八五〇円、同年同月一三日に三四、〇〇六、二〇三銭、同年三月三一日に一四四、九六五、〇五三円宛分割して支払いを受けた。

(三) ところで、右売買代金等のうち、措置法六四条一項二号及び同条二項二号に掲げる対価又は補償金に該当するものは、前記(1)の土地売買代金と(2)の建物移転費用補償金の合計一六六、三六八、七〇六円であり、その余の(3)ないし(7)の補償金については、後記二に詳述するように、当該各号に掲げる対価又は補償金には該当しないし、これによつて他に課税の特例の適用を認むべき規定は存しない。そして、買取りの対象となつた資産の譲渡直前における帳簿価額は六一、七一九、二三八円であるから、同条一項二号の規定に従い損金の額に算入される圧縮損の限度額は、別紙計算書記載のとおり、一〇四、六四四、九一六円となり、また右の対価又は補償金の全額が代替資産の取得のために支出されているので、同法六四条の二所定の特別勘定繰入損の計算の対象となる額はないことになる。そこで被告は原告が代替資産圧縮損として損金の額に算入している一九五、二四七、三八八円のうち前記一〇四、六四四、九一六円を超える九〇、六〇二、四七二円と、原告が代替資産特別勘定繰入損として損金の額に算入している三二、九二七、六〇一円との合計一二三、五三〇、〇七三円の損金算入を否認して、本件更正等処分に及んだものである。

二  付帯損失に対する補償金の課税上の取扱いについて

(一) 収用等によつて公共用地の取得が行われる場合には、その取得の目的となつた土地の売買代金のほかに、土地の譲渡に伴つて生ずる付帯損失に対する補償金が支払われるのが一般であるが、これらは、原則として、措置法に規定する収用等の場合の課税の特例が適用されず、収用すべき権利の確定した日を含む事業年度の益金の額に算入すべきものである(法人税法二二条二項)。しかし、収用等をされた土地の上にある資産について、取り壊わし又は除却をしなければならなくなる場合には、土地収用法上の収用には該当しないが、強制的な資産の滅失という経済的実態は収用と何ら変りがないと考えられることから右の場合に当該資産自体について生ずる損失に対して交付される補償金については、収用等による補償金とみなして、圧縮記帳等の課税の規定が適用されることとされている(措置法六四条二項二号、同法施行令三九条八項二号)。

(二) 本件の付帯損失に対する補償金が前項の収用等による補償金とみなされるものに該当するか否かは、各補償項目の実質的内容に従つて判定されるべきところ、建物移転費用補償金は、名義は移転費用補償金であるが、買取られる本件土地の上に存する建物を取壊わすことにより生ずる損失に対する補償であるから、資産損失の対価たる実質を有するものとして、前項の収用等による補償金とみなされ、圧縮記帳等の課税の特例の規定が適用されることとなる。しかし、その余の各補償金の内容は経費支出として処理されるべき移転料等に対する補償又は本来の事業活動収益に代わるべきものとして交付される収益補償等であるから、資産損失の対価たる実質を有さず、従つて、これらについては措置法の何れの規定にも該当しないので、課税の対象となるものである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  本件更正等処分に至るまでの経過

原告はキヤバレー、アルサロ等の営業を目的とする株式会社であり、本件土地を所有し、かつ右土地とその隣接地上に本件建物を所有してキヤバレー「ゴールデン曽根崎」の営業をしていたところ、本件土地が大阪市を施行者とする大阪市都市計画事業御堂筋線の建設用地にかかることとなつた。そこで大阪市は、原告から本件土地を買取り、それに伴つて右土地上の本件建物部分等を移転することについて原告の承諾を得る必要を生じ、種々交渉を重ねた結果、昭和四四年一月二四日原告との間で、大阪市が原告に売買代金等二八九、九三〇、一〇六円を支払うこと等を内容とする売買契約及び移転立退契約の二箇の契約を締結し、右売買代金等のうち、一一〇、九五八、八五〇円は同年二月一〇日に、三四、〇〇六、二〇三円は同年同月一三日に、残金一四四、九六五、〇五三円は同年三月三一日に原告に支払われた。ところで、原告は、本件事業年度分法人税の確定申告に当り、前記売買代金等の全額が資産買取りによる対価であるとしてこれにつき措置法六四条一項二号の規定による課税の特例の適用を求めて、右対価をもつて取得した代替資産の帳簿価額圧縮損算入限度額一九五、二四七、三八八円を損金に計上し、また同法六四条の二の規定による課税の特例に従い特別勘定として経理した金額に相当する三二、九二七、六〇一円を損金に計上したうえ、同法所定の明細書を添付して、所得金額を三九、三八六、二八八円、税額を一二、八七三、三七〇円とする確定申告をした。ところが、被告は、前記圧縮損算入限度額のうちの九〇、六〇二、四七二円と特別勘定として経理した前記三二、九二七、六〇一円全額の各損金計上を否認し、これを原告の申告所得金額に加算して、昭和四五年六月二六日付で原告に対し本件更正等処分をした。これに対し、原告は、その選択により、異議申立てをしないで、国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ、昭和四六年五月一日付を,もつて棄却裁決がなされ、その頃裁決書謄本が原告に送付された。

以上の各事実は当事者間に争いがない。そうすると、本事件の争点は、本件更正等処分が原告の代替資産圧縮損算入限度額の一部と代替資産特別勘定繰入損の全額の各損金計上を否認したことが適法かどうかの点に帰するから、以下これについて判断する。

二  代替資産圧縮損算入限度額の損金算入否認について。

原告は、本件譲渡の対象となつたのは本件土地及びその地上の本件建物部分その他一切の物件であり、大阪市との補償交渉の過程では補償項目の明細とその金額に関する話し合いは行われず、従つて原告に支払われた金額の全額がその名義いかんにかかわらず措置法六四条一項二号所定の資産買取りの対価に該当すると主張する。

そこで、本件補償交渉の経過についてみるに、前記当事者間に争いのない事実に、〈証拠省略〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  原告所有の本件土地を含む一帯の土地を街路御堂筋線として建設しようとする本件都市計画事業は、昭和四〇年一二月二八日建設省告示三六二二号をもつて建設大臣による事業決定がなされたところ、本件土地については、昭和四三年七月六日に原告から大阪市に対してその買取りの申出がなされたため、その頃から、大阪市経理局用地部計画用地第三課の課長小林好信、主査牧野安良らと、原告の関与税理士井内昭二らとの間で、本件土地の買取り並びに同地上に存在している建物等の移転立退に関する交渉が開始された。

(2)  大阪市では、原告から提出された建物所有者申告書、占有者申告書、営業申告書(前事業年度の法人決算書)等や同市係員の調査により得られた資料を基にして、基準要綱、補償基準等に則して各種補償項目及びその金額を算定したが、それは大別して、買取りの対象となる本件土地の譲渡代金と右土地買取りに伴い生ずる付帯損失に対する補償金とから成り、その具体的内容は次のとおりである。本件土地の譲渡代金は更地としての正常な取引価格によることとし(補償基準八条、九条)、本件土地に隣接する標準地(曽根崎上一丁目二八番の三)の昭和四一年九月二七日付大阪市不動産評価審議会の答申価格が三・三平方メートル当り一、〇八七、〇〇〇円であり、当時の正面相続路線価が七五八、〇〇〇円であることや近隣地の取引事例を考慮して、標準地の交渉時における価格として同審議会専門委員会に計つた三・三平方メートル当り一、二〇〇、〇〇〇円を基礎とし、本件土地中私道分三・二六平方メートルの部分についてはその八割を減額することとして算定された。次に、付帯損失に対する補償金としては、左のものが計上された。

(ア)  建物移転費用補償金

本件建物は、その敷地の一部分である本件土地の買取りによつて建物が分割され従前の使用目的を維持することが困難となるので、建物所有者たる原告の請求に基づき、建物全部の移転に要する費用を補償することとし(補償基準二七条一項)、本件土地にあつて除去を要する本件建物部分については、当該建物と同種同規模の再取得価額より経過年数に応じた相当の減価償却費を控除した再建費用が、残存部分については改造費用が、冷暖房装置・昇降機設備・電気設備等の附属設備についてはその移転費用が算定された。

(イ)  動産移転費用補償金

本件土地の買取りに伴い、移転を要することとなつた什器・備品(接客用テーブル、椅子等)その他の動産を通常の移転方法である貨物自動車によつて移転するものとして、営業面積を基準に算定された(補償基準三〇条)。

(ウ)  仮住居費用補償金

本件建物の移転に通常要する六ないし八か月間の、移転を要する動産の一時保管に必要な費用が計上された(補償基準三一条二項)。

(エ)収益補償金

建物移転工事期間及びその前後の準備期間中は、原告の営業を一時休止する必要があると認められたので、右期間中における営業上の収益の減少及び休業に伴い一時的に得意先を喪失することにより通常生ずる損失が算定された。

(オ)  経費補償金

休業を必要とする期間中の営業用資産に対する公租公課、減価償却費、維持管理費等の固定的経費及び従業員に対する休業手当相当額が算定された。

(カ)  その他の移転補償金

以上いずれの項目にも該当しないその他の移転雑費として、建物等を移転するために法令上の手続に要する費用、移転旅費等が算定された。

(3)  ところで、大阪市の担当係官は、前記交渉に際し、原告に対し、前項の各種補償項目及びその金額を明示してその承諾を求めたが、容易に妥結しそうになかつた。それは、主として原告が、同年八月本件土地の代替地としての北側に隣接する土地九九平方メートルを三・三平方メートル当り三、一〇〇、〇〇〇円で買取つており、本件土地及びその地上建物もそれぞれにつき右単価によつて算出した合計三億円を下らない譲渡代金をもつて補償額としたいとの希望を有していたことによるものであるが、大阪市としては、本件公共事業が昭和四五年春の万国博覧会開催時までに竣工をみる必要があり原告を除くその他の対象者との間では前記補償基準に従つてすべて妥結したことでもあるので、大阪市の市議会議員らにも仲介を依頼するなどして、市の補償項目の根拠、土地収用法上の収用に至つた場合との得失等を挙げて原告側の説得に努めた結果、昭和四四年一月二〇日頃に至つて、大阪市の支払い額を土地売買代金六八、〇一三、四〇六円、建物移転費用補償金九八、三五六、三〇〇円、動産移転費用補償金一、一五五、〇〇〇円、仮住居費用補償金七、八四一、六〇〇円、収益補償金三二、五九一、三〇〇円、経費補償金七九、七八〇、二〇〇円、その他の移転補償金二、一九三、三〇〇円合計二八九、九三〇、一〇六円とすることで話がまとまつた。そして、同月二四日大阪市の代理人である株式会社大阪市開発公社と原告との間で前記売買契約及び移転立退契約の二箇の契約が締結されたのであるが、右各契約書には、本件土地を特定掲記したうえその代金を六八、〇一二、四〇六円とする旨の記載並びに補償金を二二一、九一七、七〇〇円とする旨の記載があり、原告代表者の大谷幸一が署名捺印している。もつとも、右契約書では、補償金の内訳の記載はないが、それは右契約書では妥結した各種補償金の総額の記載をもつて足りるとされたからに外ならず、原告が本件土地建物の移転立退を完了した後の同年四月一四日付で原告宛に大阪市から送付された支払調書には、前記のごとく妥結した補償金の内訳及び金額が明記されている。なお、前記審議会は、同年三月一二日付をもつて、本件土地の譲渡代金の基礎となつた三・三平方メートル当りの価格一、二〇〇、〇〇〇円をそのとおり大阪市長に答申している。

以上の事実が認められる。証人井内昭二の証言中には、右認定と牴触し、原告の前記主張に副う部分があるが、同人の証言によれば、右証人は、税理士の資格を有し、原告の税務関係について後見的立場にあり、一般的に公共用地の取得に伴う損失補償基準を定めた基準要綱の存在、右基準要綱に個別的な補償項目があること、そのうち営業補償等の補償については課税対象となることは熟知していたことが認められるのであつて、公共用地の取得に伴う損失補償の場合、原告のように商業地域で事業を営む者に対しては、譲渡資産の対価のほか営業補償金等が支払われるのが通例であり、本件の場合井内にあつても当然このような補償金等の支払があることは予知していた筈であること、本件の近隣対象者との交渉も円満に妥結していることを合わせ考えると、証人井内昭二の前記証言部分は到底措信し難い。また、代替地の取得価格三・三平方メートル当り三一〇万円であることも、前認定の売買の事情からすれば前認定の本件土地の譲渡代金の決定に際し、本件公共事業終了後の近隣の土地の時価の上昇が考慮されたことが推知されるのであつて、本件土地の前示譲渡代金の認定の妨げとはならない。他に前認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、大阪市による買取りの対象とされるのは本件土地のみであり、本件建物はこれに含まれず、右土地の譲渡に伴つて生ずる付帯損夫に対して被告主張の名目どおりの実質を有する各補償金が支払われたのであつて、原告は、本件事業年度内に資産売渡しの対価六八、〇一二、四〇六円と補償金二二一、九一七、七〇〇円を取得し、かつこれをもつて右事業年度内に代替資産を取得したものというべきである。そうして、本件土地については、前示買取りに先立つて都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号により改正前のもの。以下同じ)三条所定の建設大臣の事業決定がなされており、この決定が同法一六条、一九条によつて土地収用法二〇条の規定による建設大臣の事業の認定とみなされるため、施行者たる大阪市は右土地について土地収用法上の収用手続を進め得る立場にあつたものであるから、原告は、本件土地について大阪市の買取りの申出を拒むときは土地収用法の規定に基いて収用されることとなる場合において、右土地が買取られ、前記対価を取得したこととなる。このように収用に代わる買取りによつて強制的に実現せしめられた法人資産の譲渡の対価については、社会資本の充実を図るため、措置法六四条以下の規定によつて税負担の軽減がなされているところ、代替資産の取得に充てられた本件土地の売買代金六八、〇一二、四〇六円について同法六四条一項二号の規定による課税の特例の適用があることは明らかである。

次に、本件補償金が右課税の特例の適用を受けるかどうかについて考えると、同条二項、同法施行令三九条八項二号の規定によれば、法人の有する土地が収用に代わる買取りをされることとなつたことに伴い、その土地の上にある資産につき、取り壊わし若しくは除去をしなければならなくなつた場合には、土地の上にある資産について、収用に代わる買取りによる譲渡があつたものとみなされ、当該資産の対価又はこれらの資産の損失に対する補償金で政令に定めるものについて同条一項の規定による課税の特例の適用があることとされている。これは、土地の上にある資産については、直接、収用に代わる買取りの対象とされてはいなくとも、取り壊わし若しくは除去を余儀なくされ、強制的に資産滅失という経済的効果が招来される点では、当該資産自体についても収用に代わる買取りがなされたのと選ぶところがない点に着目して、譲渡があつたものとみなし、それに対する対価又は補償金について前同様の税負担の軽減を図つたものであるから、措置法の前記規定は、かかる資産損失の対価たる実質を有する補償金をも対象としているものと解せられる。

これを本件についてみるに、前認定のような各補償金の名目及び実質に照らせば、右のような資産損失の対価たる実質を有するものは、その名義はどうであれ、建物移転費用補償金名義の九八、三五六、三〇〇円だけであり、その他の各補償金はこれに該当せず、課税の対象となるものというべきである。

そうとすれば、前記課税の特例の適用を受ける対価及び補償金の額は一六六、三六八、七〇六円となるところ、被買取り資産の譲渡直前における帳簿価額が六一、七一九、二三八円であることは当事者間に争いがないから、代替資産任縮損算入限度額が被告主張の金額であることは同法による計算上明らかである。従つてこの点に関する損金算入否認については、原告主張のような違法事由は存しないというべきであるから、原告の主張は採用できない。

三  代替資産特別勘定繰入額の損金算入否認について。

措置法六四条の二の規定は、法人が同法六四条一項の規定による収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例の適用を受けることとなる対価及び補償金の金額に相当する金額をもつて収用等のあつた日を含む事業年度内に代替資産を取得しなかつたことを前提とする課税の特例の規定であるところ、原告が本件事業年度内に取得した代替資産の取得価格が前記対価及び補償金の額一六六、三六八、七〇六円を超えており、従つて、右対価及び補償金の額の全額が本件事業年度内に代替資産取得のために支出されていることは弁論の全趣旨により明らかであるから、原告の同条の規定による特別勘定繰入額の損金算入は、その適用の前提を欠くものというほかはない。してみると、この点の違法をいう原告の主張も採用の限りではない。

四  むすび

本件更正等処分の違法事由として原告の主張するところは移転契約書に偶々補償金の内訳がなかつたことに籍口し、大阪市より受領した二八九、九三〇、一〇六円について措置法六四条一項二号、二項二号に云う対価又は補償金に該当するものとするものであるがその理由のないことは、以上に説示した通りであり、他に右処分を違法とすべき点はない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松浦豊久 篠原勝美 則光春樹)

計算書

(1) 資産の対価及び補償金の額        166,368,706円

(2) 被買取り資産の譲渡直前における帳簿価額 61,719,238円

(3) 差引譲渡益               104,649,468円

(4) 措置法64条1項の規定による差益割合      0.629

(算式) 104,649,468円÷166,368,706円 = 0.629

(5) 代替資産圧縮損算入限度額        104,644,916円

(算式) 166,368,706円×0.629 = 104,644,916円

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